大分市立大東中学校の校内で撮影されたとされる動画には、1人の生徒が別の生徒に馬乗りになり、一方的に殴打や蹴りを浴びせる衝撃的なシーンが収められていました。

この件に対し、『THE TIME,』の放送で紹介された「教師のリアルな声」が、現在の学校現場がいかに袋小路に追い込まれているかを浮き彫りにしています。


1. 「指導」の範疇を超えた“ネット私刑”の連鎖

学校が最も頭を抱えるのが、SNSによる情報の二次拡散です。

  • 具体例: 教師が校内で事実確認を行っている最中に、動画はすでにXやTikTokで拡散され、**「加害者の特定」や「家族情報の晒し」**が始まってしまいます。
  • 現場の限界: 一度ネットに流出すると、学校には動画を削除する権限も技術もありません。外部からの抗議電話が殺到し、本来優先すべき「被害生徒のケア」や「事実調査」が中断される事態に陥ります。

2. 「教育」か「警察」か、判断のグレーゾーン

今回のような「馬乗りで殴る」行為は、法的には明らかに「暴行罪」や「傷害罪」に該当し得ます。しかし、学校現場には依然として「教育的配慮(警察を入れずに解決する)」を重んじる風潮が残っています。

  • 具体例: 暴行が起きても、「まだ中学生だから」「将来があるから」と内部解決を図ろうとした結果、対応が後手に回り、被害者が泣き寝入りするケース。
  • 現場の限界: 視聴者が寄せた「学校では対応できない」という言葉には、**「暴力や犯罪行為に対して、教師という身分だけで対峙するのは物理的・精神的に不可能だ」**という切実な現実が含まれています。

3. 多忙化と「SNSパトロール」の重圧

現在の教師は、教科指導や部活動に加え、生徒のSNS上のトラブル監視まで求められることがあります。

  • 具体例: 放課後や休日、深夜に発生したSNS上の喧嘩や動画投稿の責任まで学校が問われるケース。
  • 現場の限界: プライベートな時間に行われるスマホの利用まで管理することは不可能です。放送で紹介された「限界」という言葉は、**「学校がすべての社会的責任を負わされることへの拒絶」**とも読み取れます。

まとめ:学校・家庭・警察の「役割分担」が急務

大分の事案は、一中学校の問題ではなく、日本全国の教育現場が直面している危機です。

もはや「暴行動画」の拡散は、学校内だけで完結できる問題ではありません。動画が撮影・拡散された時点で**「即座に警察と連携するガイドラインの徹底」や、「SNSプラットフォームへの迅速な削除要請システムの構築」**など、学校を孤立させない仕組み作りが急務です。

教師を名乗る方の「限界です」という言葉は、私たち社会全体に向けられた「SOS」ではないでしょうか。

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