今、私たちが“異常だ”と感じることの正体とは


はじめに:「なんだか生きづらい」その感覚は、気のせいではない

「昔はもっと自由だった気がする」
「何をやっても叩かれる時代になった」
「努力しても報われない」
――そんな思いを抱く人が年々増えています。

現代はかつてないほど便利で、物質的に満たされている社会のはずです。
しかし、それと引き換えに、「心の余裕」や「生きやすさ」が削り取られているという声が後を絶ちません。

では、この“生きづらさ”はいつから始まったのでしょうか?
そして、今、私たちが「異常」と感じているのは一体何なのか。
その背景を紐解いていきます。


1. 「生きづらさ」が加速した転換点はどこにあるのか?

◉ ターニングポイント①:1990年代・バブル崩壊後の「失われた時代」

日本社会の空気が大きく変わったのは、1991年のバブル崩壊以降
高度経済成長と安定した就職・昇進ルートが崩れ、以下のような変化が起きました。

  • 正社員神話の崩壊、非正規雇用の急増
  • 年功序列・終身雇用制度の揺らぎ
    -「頑張れば報われる」価値観の崩壊

結果として、「将来に希望を持てない若者」が増え始めたのです。


◉ ターニングポイント②:2010年代以降のSNS社会の台頭

Twitter(現X)やInstagram、YouTubeなどのSNSが主流になったことで、
常に「人の目」にさらされる生活が日常になりました。

  • 少しの発言や行動が炎上する
  • どんなことにも“正解”を求められる
  • 比較され、評価され、消費される「自分」

誰かに見られていないと不安、でも見られると疲れる。
この**“相反するプレッシャー”が、現代人のメンタルをじわじわと圧迫**しています。


◉ ターニングポイント③:コロナ禍と「自己責任社会」の完成

2020年以降のコロナ禍は、社会の空気をさらに厳しく変えました。

  • 「自粛警察」に代表される相互監視
  • 生活困窮者への冷淡な視線
  • どんな状況でも「努力不足」とされる風潮

支え合いよりも、**個人の行動がすべての原因とされる「冷たい自己責任社会」**が定着。
「社会に守ってもらえる」という感覚は、今やほとんど存在しません。


2. 現代の“異常さ”と、それが生み出す息苦しさ

▷ 異常さ①:「正解主義」と「失敗ゼロ社会」

今の社会では、何事にも“正しい答え”が求められます。
少しでも間違えればすぐに叩かれ、炎上や排除の対象にされる。

  • 子育ても、働き方も、発言も「ミス厳禁」
  • 謝っても許されない社会
  • “試行錯誤”する余白のなさ

これはまるで、「間違えられない世界で生きている」ような圧力です。


▷ 異常さ②:「頑張っても報われない構造」

かつては「頑張れば昇進」「努力すれば安定」といった見返りがありました。
しかし今は──

  • 正社員でも賃金は伸びない
  • 副業やスキルアップを求められ続ける
  • 年金や老後の不安に押しつぶされる

この状態では、努力が“自己責任の証拠”にしかならず、報われない感覚に繋がるのも当然です。


▷ 異常さ③:「多様性」の名のもとに強いられる同調

「多様性を認めよう」「自由に生きよう」とは言われるけれど、
その実態は、「こういう生き方が“正しい多様性”」という新たな型に押し込められている。

  • 自分らしく=個性的でなければいけない
  • 多様性=特定の思想に同調すること
  • 選択の自由=“正解の選択”を強いられる

**本当の意味での自由とは違う“偽の多様性”**が、私たちの生き方をまた縛り始めています。


3. では、どうすれば少しでも生きやすくなるのか?

◉ ① 情報を“間引く”勇気を持つ

SNSやニュース、評論家の意見にすべて付き合っていたら心が持ちません。
「情報のダイエット」=無視する力を育てることが必要です。

  • SNS断ち・ミュート機能の活用
  • 自分に関係ない議論はスルー
  • “正しさ”より“穏やかさ”を選ぶ

◉ ② “評価されない時間”を持つ

現代人は常に「見られている自分」「成果を出す自分」でいることを求められています。
だからこそ、**誰にも見られない、評価されない時間=“生の時間”**を意識的に持つことが重要です。

  • スマホを置いて散歩する
  • 趣味に没頭する(SNSに投稿しない)
  • 寝る、ぼーっとする、「何もしない」を肯定する

◉ ③ 他者に“期待しすぎない”関係を築く

期待→裏切り→怒り、というループから抜け出すには、
「この人はこういう人」と一歩引いた関係性を意識することが大切です。
優しさも信頼も、“お互いに背負いすぎない距離感”の中にあるのです。


おわりに:「生きづらさ」は、私たちのせいじゃない

今の社会は、誰か個人のせいで生きづらいわけではありません。
構造的に、価値観的に、「人が疲れてしまうようにできている」部分が多すぎるのです。

だからこそ、自分を責めないこと。
「自分がダメなんじゃなくて、今の社会がおかしい」と認識すること。

それだけでも、少し呼吸が楽になるはずです。

投稿者 ブログ書き