インターネットに触れていると、日々のニュースや話題に簡単にアクセスできます。特にエックス(旧Twitter)は、リアルタイムで「今、何が話題なのか」が分かる便利なツールです。
しかし最近、トレンド欄を見るたびに心がざわつく。暗い気持ちになる。時には「こんなのが話題になる国って、本当に大丈夫なのか?」とまで感じてしまう。
今回は、エックスのトレンドを通して感じる「病み」と「絶望感」について、具体例を交えて考察していきたいと思います。
■ トレンドに上がる“くだらなさ”と“暴力性”
例1:「○○を晒せ」「○○がキモい」
最近のトレンドで目にするのは、誰かを晒し上げるようなハッシュタグや、不快感を煽る言葉です。
たとえば、
- 「#お前の推しを晒せ」
- 「○○がキモい」「○○は人間のクズ」
といったワードが、何万人もが投稿している中でトレンド入りしています。
軽いノリで投稿している人も多いのですが、対象となった人にとっては、もはやネットリンチです。
こうした現象は、単なるSNSの炎上やゴシップにとどまらず、社会全体の「攻撃的空気」の表れではないでしょうか。
■ 深刻な事件が“ネタ化”されていく
例2:〇〇事件のコラ画像・ネタ動画
2025年に入っても、重大な事件や社会問題が、エックス上で“ネタ”として消費される傾向が強まっています。
たとえば、とある傷害事件がニュースになった直後、
すぐに「現場で撮られた動画に面白いBGMをつけたもの」や、
「登場人物の名前をいじったコラ画像」が拡散され、笑いの対象になりました。
命に関わる問題が、数時間後には“おもちゃ”になっている。
このスピード感に、恐ろしさすら感じます。
■ 社会的関心の“偏り”
例3:政治よりも芸能スキャンダルが上位
たとえば、ある国会で重要法案が審議されていた日、
トレンド上位を占めていたのは「アイドルの熱愛報道」「有名YouTuberの不倫」でした。
政治に無関心な国民が悪い、と単純に言うつもりはありません。
しかし、関心を持つべき事柄が埋もれていく構造には、やはり問題があります。
このような状況では、声の大きな少数派や、強い影響力を持つインフルエンサーが、世論を左右するリスクが高まります。
■ 「日本はもう終わっている」と感じる背景
「こんなのがトレンドに上がってくる国は終わっている」と感じるのは、次のような背景からかもしれません。
- 公共性よりも炎上性が重視される
→バズるために過激な発言、攻撃的なコンテンツが優先される構造。 - 分断と排除の文化
→気に入らない意見を「ブロック」「晒し」「吊るし上げ」で排除する風潮。 - 自己責任論の蔓延
→苦しんでいる人を「努力不足」と切り捨てる冷たさ。
これらが積み重なって、SNSは「社会の鏡」であると同時に、「社会の病巣」を映し出すものにもなっているのです。
■ それでも希望はあるか?
救いなのは、こうした状況を違和感として受け止められる感性が、まだ残っていることです。
- 「なんでこれが流行ってるの?」
- 「ちょっとおかしいよね」
- 「誰かが苦しんでる気がする」
そう思える心がある限り、まだ社会は終わっていないのかもしれません。
まとめ
エックスのトレンドに日々触れる中で、感じる「病み」は決して気のせいではありません。
それは、今の日本社会が抱える疲弊・無関心・暴力性の反映なのです。
しかし、それを「おかしい」と感じ、言葉にし、共有することもまた、希望につながります。
私たちは、無力ではありません。
トレンドの“流れ”を変えるのは、私たち一人ひとりの「違和感」から始まるのかもしれません。